アブさんの日本滞在記 その4
F社での仕事はおおむね順調でコツコツ働いて貯めたお金でなんとかスーダンに家を建てることも叶ったのだ。 Y社長は親切で、アブさんの母親が亡くなったときも帰国もままならず、気落ちした彼にお見舞い金をそっと差し出してくれたりもした。 ところでアブさんは数年の間に何度も転居している。(定住できない事情があったのだが) F社勤務もそろそろ10年になろうかという頃、同郷の友人Mと二人で部屋を借りていた。 ある日Mは唐突に、 「実は、近所のコンビニで知り合いになった日本人女性と結婚しようと思う。」 と言い出した。そして、 「ここは襖で仕切ればふた部屋になるから、彼女を連れてきて一緒に住めないだろうか。」とも言った。 アブさんは少し驚いたが、仲間の結婚を祝福してしぶしぶ承諾した。こうして3人の共同生活が始まった。 はじめは和気あいあいと暮らしていたのだが、やはり新婚カップルにおじゃま虫という構図は日に日にあからさまになっていく。 カップルは何かにつけてアブさんに意地悪するようになる。例えば、彼がいない時を見計らっては二人でおいしいものを食べたりもしていた。彼は次第にMといさかいが多くなり心痛める日々となった。 ここを出たいと考え同居する友達を他に探したが、その頃には他の仲間たちもそれぞれ結婚したり、帰国したりして徐々にバラバラになっていた。 ついにアブさん、意を決して一人暮らしをすることにした。日本に来てはじめてのことだった。 見つけたアパートは6畳一間風呂無し共同トイレ。古い木造アパートだが、仕事場からも駅からも数分の便利さ。何より大家さんは優しいおばあちゃんだった。 新生活を始めるには申し分ない物件である。 一人暮らしにも慣れてきたある初夏の夕暮れ時、仕事から戻ったアブさんの携帯が鳴った。久しく話していなかった友人のZからの電話だった。Zは大使館勤務のため普段は会うこともないが、何か特別なニュースがあるのかもと電話に出た。 Zはいつになく弾んだ声で、 「アブさんに紹介したい人がいるんだが、」 と言った。 アブさんの運命が変わる瞬間だった。 いやあらかじめ決まっていたことがこの日このときに目の前に降りてきたということかもしれない。 つづく