第14回目のお話 昭和下町物語 その1

私は東京のとある商店街のど真ん中で生まれ育った。時は昭和30〜40年代、日本は高度成長期の真っ只中。あらゆる店が軒を連ね、一本細い路地を入れば民家がごちゃごちゃと立ち並んだ、活気あふれる町だった。我が家も商売を営んでいて、開放された正面とびらから毎日多くのひとが出入りしていた。
記憶を頼りに当時出会った"ちょっと変な人たち" の話をしたい。

丈の短い黒い着物に白い帯、下駄を鳴らして颯爽と歩く背の高いおじさん。
頭にはなぜかヘアバンド、必ず真っ白の手袋をつけていた。巾着袋から出すお金が猛烈消毒薬臭かった。ちょっと濃い顔で表情が硬くて、なんか武士みたいだと思った。

でっぷりした体格でちょっと浅黒くて、どこへ行くにも普段着っぽいテロテロしたブラウスにやっぱりテロテロしたスカート履いて、いつも腰エプロンをしていた中年の女性。
耳が聞こえなくて言葉も不明瞭だけど、なぜか情報通。一丁目のお祭りでだれそれが神輿を担いだよとか、浅草まで行って買ってきたとか言って太い首に巻いてたちっちゃいスカーフを自慢げに私の母に見せる。母に聞いたらこのおばさん、私が赤ちゃんの時から来ていて家事を手伝ってくれていたらしい。母がお小遣いを上げておやつをもたせると、歯のない口を大きく開けて笑うのだ。どこかのアパートに老齢の父親と二人で住んでいた。生活大変なのに幸せそうなひとだった。

近所の人が皆 "つねさん" と呼んでいた男性がいた。坊主頭で色白、小柄でいつもランニングシャツと短パンにゴムゾウリ。ポケットに手を突っ込んで小銭をチャリチャリ鳴らして笑いながら歩いている。時々独り言いいながら。年齢不詳。
つねさんがまともに喋るのを見たことはないが、いつも取り巻きがいて、みんなから守られてるみたいだった。みんなから好かれているんだろうなと思った。つねさんに会いたいと思ったら、縁日がいい。たいていバナナの叩き売りの口上を一番前で聞いてるから。買うでもなく、ヤジを飛ばすでもなく、やっぱり小銭をチャリチャリさせて。

これらの人たちの本名も素性もいつまでそこに住んでたのかも私は知らない。

     …つづく

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