第3回目のお話 「おばあさんとタクシー運転手」

病院前のバス停のベンチに腰かけてバスを待っていたときのことである。一台のタクシーが目の前に止まった。乗客は高齢の女性だった。

まず運転手さんが降りてトランクから彼女の手押し車を取り出していた。後部座席のドアは開いているのだが、おばあさんはなかなか降りてこない。手提げ袋を開けたり閉めたり、座席の上や下をなにか探していた。かなり手間取っている様子を見て、運転手さんが声をかけると彼女は財布が見つからないと言う。

それを聞いた運転手さん車の中や手押し車の中を懸命に探す。やはりみつからない。仕方ないので運転手さんは会社に電話して事情を説明するが、運賃未収はダメだと言われ電話を
切った。

 「会社がねえ運賃未収を認めないっていいよるんよ。おばあちゃん診察はお金なくても大丈夫なん?それならこうしよう。診察終わったら看護師さんに言ってこの名刺の番号に電話してもらってね。そしたら私が迎えに来て家まで乗せてくから。家に着いたら精算してくださいね。」

運転手さんは丁寧に話すと、おばあさんはうんうんうなずいて

「申し訳ない」

を繰り返した。そしてゆっくり車を降りると運転手さんが近くに寄せてくれた手押し車を押して病院の入り口に向かって歩き出した。それを見届けてから車のエンジンをかけ走り出そうとしたその時だった。おばあさんは何か思い出したようにおもむろに振り返り戻って来た。

「おばあちゃん、どうしたん?」

運転手さんもう一度車から降りて彼女に近寄って行った。すると彼女は

「忘れとったわ。私今日から三日間入院するんだわ〜。」

これがコントだったら最後に運転手さんが

「だめだこりゃ」

とこけてジャンジャンというところだろう。

おばあさんと運転手さんのこののんびりした微笑ましい状況をぼーっと見ていた私の前に待っていたバスはようやく来た。

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